マスコミの凋落を示す記事が新聞に載っていました。
①11月14日の毎日新聞;「日テレ、テレ東 赤字 最終損益広告減30数年ぶり」
②11月12日のアサヒ・コム;「厚労省たたきは異常。マスコミに報復も」
マスコミ離れは、あらためて言うまでも無く進行しています。そういう意味では、これらの記事は当たり前のような気もします。


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「日テレ、テレ東 赤字 最終損益広告減30数年ぶり」
在京の民放キー局5社の08年9月中間連結決算が13日出そろった。景気低迷の影響などで広告収入が落ち込み、フジ・メディア・ホールディングスを除く4社が営業減益になった。最終(当期)損益は全社が前年同期の水準を下回り、日本テレビは37年ぶりに、テレビ東京は33年ぶりに赤字となった。
番組と番組の間に流すスポット広告の東京地区の08年4~9月の出稿量は前期比11%減と大きく落ち込んだ。
自動車、食品、化粧品などの業種が特に低調だった。下期の広告の出稿状況は、「よくて上期と同程度、もっと厳しくなる可能性もある」(日本テレビ)という。
各社は経費削減に加え、新規事業に力を入れているが、広告収入の落ち込みを補い切れないのが実情だ。
視聴率の低迷は、先行きが見えない不景気となれば、経費削減で広告が削られるのは当然の成り行きだと思います。
「厚労省たたきは異常。マスコミに報復も」 [1]
トヨタ自動車の奥田碩取締役相談役は12日、首相官邸で開かれた「厚生労働行政の在り方に関する懇談会」で、テレビの厚労省に関する批判報道について、「あれだけ厚労省がたたかれるのは、ちょっと異常な話。正直言って、私はマスコミに対して報復でもしてやろうかと(思う)。スポンサー引くとか」と発言した。
同懇談会は、年金記録や薬害肝炎などの一連の不祥事を受け、福田政権時代に官邸に設置された有識者会議で、奥田氏は座長。この日は12月の中間報告に向けた論点整理をしていた。
奥田氏の発言は、厚労行政の問題点について議論された中で出た。「私も個人的なことでいうと、腹立っているんですよ」と切り出し、「新聞もそうだけど、特にテレビがですね、朝から晩まで、名前言うとまずいから言わないけど、2、3人のやつが出てきて、年金の話とか厚労省に関する問題についてわんわんやっている」と指摘し、「報復でもしてやろうか」と発言。
あるある捏造問題、TBS不二家捏造問題、安倍首相の朝日告訴で見られたような、マスコミの一方的な報道(偏向報道)に対して、人々意識は、批判だけではダメ、捏造は許さないに変わってきています。それでも変われないのがマスコミなのでしょうか。
なぜ、マスコミ離れが生じたのか?なぜ、マスコミが変われないのか?それに対してのヒントがるいネットにありました。以下に引用します。
「マスコミ離れ→反マスコミ気運の発現→マスコミによる共認支配の崩壊過程」 [2]
○マスコミ離れ
・テレビ視聴率の低下
・新聞、週刊誌の発行部数の低下
・テレビ広告、新聞広告のスポンサー離れ etc
○反マスコミ気運の発現
・05年、NHK政治介入事件の結末151783
・06年、TBSの放送免許剥奪の署名運動 リンク
・07年、あるある捏造問題、TBS不二家捏造問題、安倍首相が朝日告訴 etc
★02年頃からマスコミ離れは顕在化、マスコミに対する違和感や不信感が増大、さらに05年頃からは「捏造は悪、許せない」「批判だけではダメ」etcといった反マスコミ気運が発現しつつある。
★第一権力であるマスコミが叩かれることはこれまでほとんどなかったが、ここにきて、流れが逆転した。反マスコミ潮流は、マスコミによる共認支配の崩壊を予兆する大きな転換である。
※90年代のインターネットという新たな媒体の登場(02年頃~ブログetc)もマスコミ離れに拍車をかけた。
【マスコミの劣化】
・戦後マスコミは「人権」観念を盾に、政治権力や資本権力etcを批判してきた。
・そして70年以降、第一権力化したマスコミは、その強大な共認形成力をもって、権力を叩き、福祉、人権etc様々な要求を法制化させてきた。
・だがそうなると、事実として、マスコミが叩くべき対象は減少することになる。
・しかし、マスコミの批判体質は変わらず、次第に、企業や個人叩きに及んでいく。
・またマスコミ離れもあいまって、マスコミはセンセーショナリズム(人為フィーバー、スキャンダル、ゴシップ路線etc)に舵を切る。
・さらには、ネタをでっち上げては叩くといった方向へエスカレート。
(80年代、朝日珊瑚事件が象徴、従軍慰安婦、南京大虐殺etc 以降どんどん酷くなる)
・つまり、ウケ思考→ネタ思考→やらせ・捏造思考という劣化構造に陥る。
(注:上記構造は、マスコミによって温度差はある。イデオロギー体質の強いマスコミほど酷くなる→社会の凶器と化す)
【大衆の意識潮流~収束不全⇒答え探し⇒事実収束】
・かつて、大衆の反序列・反体制意識とマスコミの掲げる観念とは共振するところがあった。
・しかし、「反」の時代は終焉した。
・02年以降、私権統合の終焉により、万人の潜在思念の一番奥深く(心底)に、「収束不全=統合不全」は刻印された。
・出口を求める「答え探索」の意識潮流は、必然的に「深層の共認収束」⇒仲間収束を超えて、みんな収束、そして、「事実収束」(≒観念収束)へと向かいつつある。
★つまり、劣化するマスコミと、答えを求める大衆の意識潮流との断絶が、決定的になりつつある。マスコミ離れ→反マスコミ気運の発現=マスコミの凋落は必然。
●マスコミが大衆の意識潮流をつかめないのは何で?
(マスコミも大衆相手の商売なのに、心をつかめないのは何で?)
・特権的な権力の座により、全く「現実の状況」(ex.人々のマスコミ不信・反感、報道被害にも無頓着、人々が心の奥底で求めているものも読めない)がつかめなくなっているのではないか。(権力の腐敗)
★根本的には、「否定の論理=旧観念のパラダイム」が染みついており、そこから脱却できないから。要するに、否定(批判、要求)するしか能がないから。それでは、とことん無能化してゆくことになる。
★否定の時代は終わった。今、人々が求めているのは、(否定の論理ではなく)「実現の論理」である。
集団をどうする? 社会をどうする?⇒共認原理に基づく新たな活力源、新たな社会統合をどう実現してゆくのか、その方向性を導く「構造論」である。
今や、人々は社会の問題に対する事実追求(切り口)とその答えを求めています。だからこそ、それに答えを出せないマスコミが見捨てられ、新たな場(媒体)としてネットに可能性を求められてきているのだと思います。あとは、どうしたら実現できるのかその実現の論理だと思います。