「市場世界~金融の行き詰まりは中国方式が解決の鍵になるのではないか」 [1]
「国家紙幣発行の実現性検証~中国の実態は?」 [2]
中国のように、中央銀行があってもそれが国家機関の一つであれば、国の借金や利払いは国家機関である中央銀行の資産や収入であり、国家全体としては相殺されて実は国家紙幣と何ら変わりがない。だから、国家紙幣なのかどうかを計るモノサシは、中央銀行の国家からの独立しているかどうかである。
逆に、国家から中央銀行を独立させようとする機関がIMFである。
『我々が信じてきた世界の姿は、本当の世界の実像なのか~報道写真家から』「タイ: 効果のないバーツ高対策」 2007年08月10日 [3]
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日本の円高の事例を参考にすると、現在(2007年)のタイでも同じことが起こっている可能性が高い。短期資本規制や金利下げ、財政政策がなんの効果もないのはこのためだろう。外貨保有を解禁しても結果は同じことだ。タイの中央銀行が国内経済からバーツを回収していると考えられる。軍事暫定政権をゆさぶるために意図的にタイ経済にダメージを与えているのだ。1997年のアジア通貨経済危機の時も、タイの中央銀行はタイ経済を破壊する仕事に協力しているようだ。
1990年代初め、韓国、タイ、インドネシアの中央銀行が80年代の日本銀行と同じ政策をとりはじめた。法律にはない銀行貸出「指導」を活用して、銀行に不動産投機への過剰な投資をおこなわせた。中央銀行が割高な為替レートを維持して、国内金利を外国より高めに設定したために、投機家には外国からの借入れへのインセンティブが与えられた。記録的な額のドルがこの地域に流れ込み、資産バブルの火に油を注いで、事態はいっそう危険をはらんだ。1997年、投資家が撤退した。同時に中央銀行は民間銀行に信用創造の制限を強制した。バブルははじけた。
迅速に変動為替相場制に移行するかわりに、中央銀行は相当額の外貨準備を無駄に費やした。中央銀行がさらに信用創造を抑制し、危機は不況へとつながった。支援を求められた国際通貨基金は、経済構造と国法の大幅な変革を要求した。その目標は、アジア経済を改革してアメリカ流の自由市場を採り入れたがっている中央銀行と同じだった。さらに彼らは法的独立の達成も望んだ。中央銀行法が改正されると、中央銀行はただちに通貨供給を増加させて、危機を終息させた。(『円の支配者』リチャード・A・ヴェルナー著)
IMFは被援助国の中央銀行を法的に「独立」させ、そして国家の管理から離れた中央銀行をIMFの支配下に置く。以後、IMFが中央銀行を自在に操れるのだ。通貨政策は中央銀行が行ない、政府に対しては説明責任を持たない。つまり、当該国政府は法律を改正しない限り、以後永遠に独自の通貨政策ができなくなるのだ。
第三世界と東欧の中央銀行は、大部分がパリ・クラブ(債権国会議)とロンドン・クラブ(民間債権団)の代理者といえるIMFの統制圏に入っている。(中略)このような事態が示唆する点は、各国の中央銀行がこれ以上生産促進や雇用創出のような、その国の広範な利益を目標として、通貨発行を調節することができなくなった、ということである。(中略)ロシア連邦の場合、IMFが国営企業に対する中央銀行の与信発給を規制することを要求した措置は、一九九二年以来ロシア経済の全部門が瓦解し始めた時と直結している。(『貧困の世界化』ミシェル・チョスドフスキー著)
つまり、IMFは貸し金の見返りに中央銀行の独立性を要求し、中央銀行を使って国家の政策の足を引っ張ってきたわけだ。各国中央銀行は金貸し→IMFの代理店である。IMF→中央銀行→国家支配が、金貸しの途上国支配の中核スキームであり、その正当化の理屈が「中央銀行の独立性」だったのだ。
そのIMFでは、なんとアメリカ一国が拒否権を持っているらしい。
「世に倦む日日~三部会としてのG20サミット - 説明不可能な『不都合な史実』」 [4]からの引用。
本日の日経の5面にG20サミットの関連記事 [5]が載っている。そこには私が知らなかったIMFの政策決定のルールが紹介されていて、何と、米国が一国で重要案件を否決できる拒否権を唯一持っているのだそうだ。これは知らなかった。国連安保理のような運営規則がIMFにもあり、米国だけが拒否権を持っていたとは。IMFが国際機関の外貌を呈した事実上の米国の政府機関であり、連邦政府の「海外財務省」であった事実が裏付けられた印象を持つ。97年のアジア通貨危機も、米国の「海外財務省」が政策を仕切ったのである。
第一のフェーズは、空売り規制から始まって、格付け会社やヘッジファンドや証券化商品やデリバティブやレバレッジに対する規制と監視の強化である。第二のフェーズは、IMFの抜本改革であり、権限を持った新興国の本格参加と体制改編である。第三のフェーズは、ドルに代わる新しい国際基軸通貨の制定である。
この考え方から今度のG20サミットを眺めれば、第一のフェーズをめぐる攻防が主要な問題となり、どこまで具体的な成果を上げられるかが焦点となる。キャンプデービッドでサルコジがブッシュを説得したときは、金融規制を議題にして合意することが思惑に入っていたはずだが、ブッシュの側はそのようには受け取らず、単に中印露伯に名目だけのIMF理事職を与えて、各国の外貨準備金をIMFの金庫に取り込む狙いだけがあったようである。
11月に入って、相場が比較的安定を取り戻していることも、米国の強気の背景になっている。さらに言えば、ブッシュ政権は金融危機の問題について徹底的に無責任を貫く構えであり、任期中は問題の解決への取り組みを放棄して、一切を来年1月のオバマ政権に委ねる気配が濃厚に漂っている。すなわち、G20サミットを「新ブレトンウッズ」には位置づけず、単なる形式行事の名目イベントにして流す魂胆だ。
IMFとその代理店である各国中央銀行が金貸しによる国家支配の拠点であることは、新興国は既に気づいているはずである。その新興国がIMFの決定権に実質的に参画すれば、中央銀行の独立性は廃棄され、国営化される中央銀行が続出するだろう。そうなれば、中国がそうであるように事実上の国家紙幣化が進み、いずれ利息不要の本当の国家紙幣が発行され、金貸しの没落は明らかになる。
そういう意味では、国家紙幣の成否を決するのはIMFの実質的決定権を新興国が握れるかどうかであり、そこが金貸しVS反金貸しの天王山であるとも言える。だからこそブッシュは(オバマも?)なんとか形式上の改革で終わらせようと画策しているのではないか。
(本郷猛)