引き続き、『世に倦む日々』「人民日報の石建勲論評の衝撃 ~米は世界の富を搾取していた」 [1] からの引用。中国がアメリカ批判に転じ、多極基軸通貨体制に急旋回し始めたらしい。
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同じ昨日(10/24)、アジアと欧州の各国指導者が一同に会するASEM首脳会合が北京で開かれた。サルコジ大統領やメルケル首相は、リーマン破綻後の週末で休みを取ったことがないかも知れない。毎週どこかで首脳会合をやっている。百年に一度の世界史の大事件とはそういうものだ。今度の会議は意義が大きい。中国が開催国になったというのも歴史の偶然を感じる。メルケルの表情を見ていると、この会議の重大性がよく伝わってくる。この金融危機をどう打開するかの鍵を握り、能力を持っているのは中国なのである。世界一の外貨準備高を持つ中国こそ、11月15日のG20金融サミットの主役なのだ。そのことを各国の首脳は知っていて、自らの利害と思惑の方向に中国を動かそうと努めている。
金融危機の勃発以降、中国は問題を静観する立場に引き、目立った発言は控えてきた。リーマン・ショックとNY市場大暴落の後に17期3中総があり、そこで経済政策の集中討議があったため、それ以前に何かを打ち出すことは慎重にしていたという事情もある。その沈黙を破って、ASEM開幕の10/24のタイミングで、中国共産党機関紙の人民日報1面にきわめて重大な論評が掲載された。従来の中国の中立的態度を変え、大きく一歩前に踏み出す内容である。論者は上海の同済大学教授の石建勲で、米国批判の急先鋒として知られている経済学者である。
論評では、「現在の悲惨な状況に直面して、人々はようやく米国が自国通貨の優位性を利用して世界の富を搾取していたことに気がついた」と断言、「米ドルは信頼を失いつつある。世界は早急に、国際機関を通して民主的かつ合法的に、米国一国支配の経済構造と米ドルの優位性の上に立脚している現在の国際金融システムを変えなければならない」と提案している。この主張はまさにわれわれの気分と心情をストレートに代弁するもので、「よく言った」と拍手を送りたい直言である。論評の中で石建勲は、今回のASEM会合は新しい国際金融秩序の構築を始めるのに格好の機会となると述べている。
この論評が人民日報の1面に掲載されたということは、17期3中総の討議が反映された政策方針の表明であり、最高機関である党中央委政治局常任委員会の意思伝達であると考えてよいだろう。長く新自由主義の路線で経済を運営し、日本に追随してドル体制を支えてきた中国だったが、今回、特に世界金融の面では大きく政策を転換する可能性が意思表示されている。
この人民日報論評は、ASEM会合に参加した新興国や途上国の首脳たちを刺激して、11月15日のG20金融サミットでIMF体制再編問題を主要議題に上らせ、新興国の地位と権利を確定させるように各国を動かすことは間違いない。新自由主義者の李明博はどう思っているかは知らないが、韓国も、タイも、マレーシアも、97年の通貨危機とIMF管理下の「改革」強制で煮え湯を飲まされる思いをした。無論、人民日報の論評は、あるいは米国へのブラフであり、通商外交軍事上の交渉を有利に運ぶためのカードの可能性もある。
だが、インドのシン首相の発言や、ロシアのメドヴェージェフ大統領の発言は、IMF体制の本格的な機構改革を意図したものであり、この動きに経済大国の中国が乗れば、米国はもはや切り崩しや逃げを打つことは不可能になる。中国は米国の最大の債権国なのだから。その意味で、今度のASEM会合の内容と結果はきわめて重大なものになるだろう。
いわゆる「新ブレトンウッズ」、国際通貨体制の再構築には3つのフェーズがある。
第一は、空売り規制やヘッジファンド規制や格付け会社規制などマネー暴走を防ぐ国際監視体制の強化であり、
第二は、IMFに新興国の関与を明確にさせる体制改編であり、
第三は、ドルに替わる新しい国際基軸通貨の制定である。
米国や英国は、フェーズ1のレベルで食い止めようと画策し、ロシアやインドなど新興国はフェーズ2のレベルを求めている。サルコジは姑息に立ち回って、英米と新興国の間に入る素振りを見せている。金融危機は、その対策をめぐって大きな国際外交問題となり、争点が浮き彫りになりつつある。これまで国際金融はアンタッチャブルな世界で、IMFの24名の理事もG7だけから選出され、世界経済と人々の生活を左右するものでありながら、政策決定の動機と経緯は不透明きわまるものだった。
ドルを基軸通貨に据えているかぎり、混乱と不幸とは常に途上国や新興国に押しつけられ、米国だけが富を自動的に収奪する仕組みは正されない。新興国がめざすIMFの機構改革はまさに世界経済の民主化である。これは、先進国以外の国々が経済的な力をつけ、発言力を持ち始め、世界経済の運営に参加する権利を求めていることを意味する。フェーズ2の延長線上にはフェーズ3しかない。
この「人民日報」の論評「米国が自国通貨の優位性を利用して世界の富を搾取していた」「米国一国支配と米ドルの優位性に立脚している国際金融システムを変える」は、中国が多極基軸通貨(主要国通貨のバスケット通貨)への転換の意思表明である。これまでの元安→対米輸出路線から、元高ドル安路線に中国は転換したのではないか。つまり、輸出先としてのアメリカを見切りをつけたに等しい。新しい多極通貨体制の下での主導権を握ることに中国は舵を切ったのだ。
問題は、中国が抱えている大量の米国債。減価していく米国債を中国が一斉に売りに出るかどうか?
今の所、中国は国際協調路線を保持しているようであり、そうである以上、一斉に米国債を売りにでるという暴挙には出られないだろう。
いずれにせよ、中国が多極通貨へ転換した以上、「新ブレトンウッズ会議」で新基軸通貨体制が決まるのは時間の問題である。
(本郷猛)