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イングランド銀行設立(1694年)の背景

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画像はこちら [1]からお借りしました。
るいネット [2]で大変興味深い投稿があったので引用します。
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イングランド銀行設立(1694年)の背景:戦費調達⇒官職や特権の売却⇒最大の特権:通貨発行権 [3]

1600年代、当時のイギリス国王は、戦費調達のために、王領地のみならず、官職や特権の売却を矢継ぎ早に行っていく。終いに、『通貨発行権』を売却(1694年)し、1700年代に天文学的な通貨を発行するに至る。
●1:絶えざる戦争(覇権争い)のために、国家(国王)はお金を絶えず必要とした。
●2:債務不履行をする国家(国王)は信用をますます失い、容易にお金を貸してくれなくなっていった(高金利に)。
※代々の王は王領地を売却することで当座をしのいできたが、すでに王領地はヘンリー8世時代の半分以下にまで目減りしていた。(エリザベス1世治世期で82万ポンド、ジェームズ1世は77万ポンド、チャールズ1世は65万ポンドの領地を売りに出して当座をしのいだ。清教徒革命中に政府が売却した残りの王領地は200万ポンド未満であったといわれるから、3人の王をあわせて半分以上となる。清教徒革命 – Wikipedia [4]
※官職や保護された特権の売却は、税収よりも確実な歳入確保の方法でもあった。ジェームズ1世やチャールズ1世は、王領地の売却や強制借入れのほかに、官職の売却や独占権の売却により資金調達を行っていました。(Matrix:イギリス国債の誕生(1)名誉革命以前 [5]
※イングランド銀行設立の20年ほど前、チャールズニ世は大勢の金細工師から借りていた100万ポンドの債務の不履行を宣言し、その結果、一万人の預金者が損害を蒙る。(日本を守るのに右も左もない | 紙幣=銀行券の原点は、国家の借用証書(手形) [6]
●3:しかし、戦争(覇権争い)はなくならない。1600年代の対オランダに続き、1700年代は対フランスの戦争を開始した。(この時期の年表 [7]
●4:追い込まれた国家(議会や国王)は、金融家(金貸し)たちとの間で、国家が有する(最終的に金融家が欲していた)「独占的な通貨発行権(および金利徴収の権利)」と引き換えに、必要なだけの融資を受けるという契約を行う。
※最初は紙幣=銀行券にも、現在のような絶対的な信用はなかった。イングランド銀行を設立するや、紙幣を印刷し続け、2年で物価は100%上昇し、取り付け騒ぎまで発展した。この取り付け騒ぎに、議会が介入し、設立からわずか2年後の1696年に、「正貨による支払いを停止」する法律が成立した。(イングランド銀行-1:Renaissancejapan [8]
※イギリスの国家負債は増加の一途を辿り、1694年から98年にかけての5年間で、100万ポンドから1600万ポンドまで膨れ上がりました。さらに、1698年から1815年(ナポレオン戦争終結)の間に、イギリスの国家負債は8億8500万ポンドにまで増大した。(イングランド銀行-2:Renaissancejapan [9]

このような背景により紙幣の発行権は国からイングランド銀行にわたった。
ちなみにイングランド銀行はスコットランド人のウィリアム=パターソンの建議により,国連長官チャーチズ=モンターギュが設立した。 [10]旅研 [11]
海賊艦隊で得た資金を活用するためにイングランド銀行の設立許可を申請したウィリアム=パターソンは設立が決定した際にこう語ったそうである。
「銀行は無からつくりだされたあらゆる資金の利息をかせげる」 [12]父として伝えておきたいこと [13]
この発言からも、戦争しまくっていた国家から金貸したちが利益をむさぼるためにイングランド銀行を設立したということは明らかであろう 👿 。

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