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ドル基軸通貨体制で儲けていたのはイギリスの金融資本では?

Posted By hongou On 2008年7月1日 @ 10:23 PM In 08.近現代史と金貸し | 7 Comments

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『晴耕雨読』の早雲氏が、『西洋文明の常識』(森川 明氏著 工学社) [1]から引用している内容が興味深い。
その中の「第三章 西洋文明史の常識~資本主義が確立した理由」 [2]から転載する。
いつも応援ありがとうございます。

西洋文明はローマ帝国の再現に留まらず、産業革命を成功させることで、近代資本主義を作り出していた。産業革命に至るきっかけはわかったが、同時期のヨーロッパでは、一体何がおきていたのだろうか。後はそれがわかれば、どうして資本主義が生まれたかもわかるだろう。
これまで、便宜上、イギリスをヨーロッパに入れてきたが、実際はヨーロッパと一線を画した国である。大航海時代以後も、ヨーロッパ諸国は、領土をめぐる血で血を洗う戦いに明け暮れていたが、島国のイギリスはそれから一歩身を引き奴隷貿易で蓄えた資本で産業の育成に努めた
イギリスは、領土獲得の野心を海外と隣国のアイルランドに留め、ヨーロッパは、主要市場と割り切って儲けた。従来のように、軍事力や政治力による直接支配で儲けるのではなく、産業とそれを支える金融からなる間接支配で儲ける。
これが資本主義の興りだった。

キリスト教の教えから、ヨーロッパでは、長らく金貸し業がべっ視されていた。
異教徒であるユダヤ人が、ヨーロッパ金融を握っていたのも、宗教上の理由からである。一時は隆盛を誇ったスペインやポルトガルが没落したのも、ユダヤ人を国外追放にしたため、国家経済の根本である金融が機能しなくなったことがあげられるくらいである。
後にオランダが繁栄したのも、スペインやポルトガルから亡命してきた、ユダヤ資本の存在を無視することはできない。三度に渡る英蘭戦争は、ヨーロッパの金融支配をめぐる、イギリス(アングロ・サクソン)資本対ユダヤ資本の対決ともいえた。その結果、オランダは負けるが、後にイギリスの王位継承問題から同君連合を結んだ。戦争では負けても、目的は達成するところに執念を感じる。
オランダを破り、制海権を手にしたイギリスは、略奪とその後の産業革命のお陰で、従来のユダヤ資本に圧倒的な差をつけて優位に立った。しかし、すぐにユダヤ資本の巻き返しがはじまるのである。それを決定的にしたのが、ナポレオン戦争だった。
一八一五年、ワーテルローの戦いにおいて、ナポレオン軍が負けた情報をいち早く入手したロスチャイルド(ユダヤ系)は、巧みな情報操作で暴落したイギリス国債を買い占め、たった一日で巨万の富を築いたのである。
産業力で群を抜いていたイギリスは、ヨーロッパ貿易から他の列強諸国が手にした富まで集めつつあった。その資産の大半をたった一日で手に入れてしまったのである。経済の本質を象徴する実に興味深い話しである。

経済でもっとも重要なのは、金融である。世界で繁栄した国は、みな金融を支配していた。産業革命期のイギリスのように、産業が発展して自動的に金が集まってくる時代は、黙っていても金融の中心地になれる。問題は産業の勢いが止まったとき、金融の中心地でいられるかなのだ。
資本主義を作り出したイギリスは、早くも一九世紀の終わりには、アメリカとドイツに「追いつき、追い越され」、産業の優位性が崩れてしまった。イギリスは、自分が作り出した資本主義の宿命に直面したため「世界の工場」から「世界の金融市場」すなわち、金融支配へと特化した。
先にヨーロッパの衰退と書いたが、それはあくまで表面上、つまり産業面だけを見た評価に過ぎない。産業では問題があっても、ヨーロッパ金融は万全である。

イギリスは20世紀になると、「世界の工場」であることを止め、金融支配へ特化した。これが注目ポイントである。産業で儲けることから金融で儲けることに転換したということ。
そして、イギリスに代わって20世紀前半の「世界の工場」=産業国家となったのはアメリカである。
イギリスは自らは金融支配に特化し、産業国家としての役割をアメリカに押しつけたのでは?
イギリスの金融資本は金融を支配することでアメリカの国家と産業を支配したのでは?
イギリスによる金融支配の拠点がFRB(アメリカ連邦準備制度)である。実際、FRBを構成する出資者のほとんどはイギリスをはじめとするヨーロッパの金融資本である。
イギリスの金融資本はアメリカ国家に金を貸すだけではなく、アメリカの産業資本に融資することで支配しようとしていた。ところが、イギリス資本に育てられたアメリカの産業資本はその後巨大化し、蓄積した資本元手に金貸し業を始め、イギリスの金融資本と競合・対立するようになる。
二度の世界大戦と中間の世界大不況を経て、アメリカドルを基軸通貨化(事実上の不換紙幣化)に成功した。こうなるとイギリスの金融資本はドル紙幣をばら撒き続け、ボロ儲けである。
2007年06月29日の記事「アメリカ連邦準備制度(FRB)を解明する」 [3]にもあるように、イングランド銀行をはじめとするヨーロッパの中央銀行の多くが第二次世界大戦前後に国有化された。それは、アメリカ国家という大口貸付客を掴んだので、小国相手のチマチマした貸付業は店仕舞いしたということだろう。これが一極支配の正体である。(未明点は、なぜドイツの中央銀行だけは国有化されなかったのか?)
その引き換えに、ドル紙幣をばら撒き続けたアメリカの貿易赤字は拡大し産業力は衰退の一途を辿る。アメリカ(産業資本発の)金融資本は、衰退する一方のアメリカの産業力にしがみついていては儲からないので、アメリカに見切りをつけ、多国籍企業として海外市場で儲けようとする。これが多極化の始まりである。
つまり、一極支配(ドル基軸通貨体制)で儲けているのは、専らイギリスの金融資本である。アメリカ(産業資本発の)金融資本は大して儲からないどころか、一極支配が続く限り海外で儲けるしかない。だから、イギリスの金融資本の一極支配に対して反抗したのが多極派だとも言える。こう考えると、1971年のドルショック(ドル-金の交換停止)も、ドルを下落させることで、イギリス金融資本のドル支配に風穴を開けようとした多極派の抵抗であると考えた方がいいだろう。
(本郷猛)


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[1] 『西洋文明の常識』(森川 明氏著 工学社): http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4875932154/

[2] 「第三章 西洋文明史の常識~資本主義が確立した理由」: http://sun.ap.teacup.com/souun/1763.html#readmore

[3] 2007年06月29日の記事「アメリカ連邦準備制度(FRB)を解明する」: http://blog.nihon-syakai.net/blog/2007/06/000308.html

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