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日本支配の構造7~阿片戦略3~海外編

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アヘン窟
阿片戦略1・2で日本の阿片戦略を扱ってきましたが、そもそも日本のお手本となった海外の阿片戦略は具体的にどうなっていたかを調べてみます。
まずお手本と言えば、日英同盟の同盟国、英国ではどうだったのか?阿片戦争はなんだったのか?その当たりから調べていきます。
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Renaissancejapan [1]より引用します。

サッスーン財閥は、18世紀にメソポタミア台頭したユダヤの富豪家族で、オスマントルコ治世には財務大臣を務めるほどの政商となっていました。 この一族に生まれたデヴィッド・サッスーンは、バグダッドに生まれ、インドに進出、1832年に阿片の利権を求めて、ボンベイに移住しました。 
 
彼は、上海を中心に中国北部を支配したフリーメーソン組織「イングランド系北支地区大結社」の首脳の一人でありました。  
当時は、イギリスが1773年からインドでのアヘン専売権を武力で獲得し、東インド会社の貿易を通じて、中国にアヘンを売りつけ、アジアから銀を巻き上げる麻薬貿易により、ロンドンのシティに莫大な富をもたらしていた時代でした。
そして、1842年のアヘン戦争に敗北した中国は、香港をイギリスの植民地とする敗戦条約に署名をしなければならなくなり、同時に上海などいくつかの港を開き、イギリス領事館を置くことに同意させられました。
イギリス最大の銀行である HSBC(香港上海銀行)は、こうしてアヘン貿易で得たお金で、1868年に創られたものであります。
「阿片王」 デヴィッド・サッスーンは、1864年にこの世を去っており、HSBCはデヴィッドの5男のアーサー・サッスーンが最大の株主となり、香港上海銀行は設立されました。  その出資者は、サッスーン一族がリーダーとなり、ベアリング商会、ジャーディン・マセソン商会、ロスチャイドに関係する役員で構成されていました。
デヴィッドの長男は、アルバート・アブダラ・サッスーンといいますが、彼はインド西岸にはじめてドッグを建設し、その名も「サッスーン・ドッグ」を足場に海運事業を興しており、当時イギリスの風刺画に彼は、「インドのロスチャイルド」と称されていました。
しかし偶然と言うものは恐ろしいもので、アブダラの息子エドワード・サッスーンの妻の名はアリーン・ロスチャイルド、何と本当のロスチャイルド家の娘と結婚したのです。 その後も、この両家は複雑に婚姻関係を結び、中国とインドで悪いことばかりしていたのです。(後略)

「アヘン戦争」の舞台裏 [2]より引用します。

欧米の商社が業務を拡大し、取引金額が増えるに従い、なにより頭を悩ませたのは資金の安全な輸送方法だった。イギリス流の解釈では、「イギリスが中国から資金を取り戻す」ための安全で迅速な手段が必要とされたのである。
よいアイデアはすぐに浮かんだ。銀行の設立である。
1865年3月、「サッスーン洋行」、「ジャーディン・マセソン商会」、「デント商会」らは15人の代表発起人を決め、資本金500万ドルを投じて香港に「香港上海銀行(HSBC)」を設立した。サッスーン・グループのアーサー・サッスーンら8人が理事会役員に就任し、1ヶ月後には上海で営業を開始した。
「香港上海銀行」の最大の業務は、阿片貿易で儲けた資金を安全かつ迅速にイギリス本国へ送金することであった。

香港上海銀行とは、今や世界で3本の指に入る銀行です。そのような銀行の設立が、阿片資金であったことは驚きです。
その頃、日本は日清戦争後、日本政府の産業の発展を図るために、外資導入策を積極化していきます。また、日露戦争の為の軍事費用の資金繰りに困っていた。そこでその当時非常に外国政府債で最も利率のよかった日本の英貨公債は、人気で即日申し込み締め切りということになっていたようです。そのは詳しくは「日本支配の構造6 戦争と金貸し~日露戦争 」 [3]をご覧下さい。
当時の外債発行交渉担当の高橋是清は6回の外債募集を成功させている。これもシフが日本の外債を引き受けたことがきっかけだったようです。英国「パース銀行」「香港上海銀行」「横浜正金銀行」、米国「クーン・ローブ商会」「ナショナル・シティ銀行」が主な引き受け先となっています。この資金力でもって日露戦争にも勝利しました。
その金貸し達の資金源は、阿片や武器等で儲けたものです。やはり、汚いお金は、汚く、金の臭いのするところに流れ込むようになっている。これが、金貸しの実態でしょう。
それらの金貸しについて詳しく分析しているサイトを紹介します。そちらで詳しくはご覧下さい。
日本人が知らない 恐るべき真実「三菱フリーメーソン説④ [4]

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