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「どうする?マスコミ支配」10~アメリカによる電通支配?・・・満州人脈を大量に吸収したのはなぜか?

Posted By kota On 2008年1月18日 @ 4:01 PM In 01.どうする?マスコミ支配 | 6 Comments

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「どうする?マスコミ支配」シリーズでは、ここ数回世界最大の広告代理店電通について扱ってきたが、今回は、なぜ電通を介したマスコミ報道がアメリカの利益を誘導する側に偏るのか?について考えてみたい。
それは、民間企業として利益追求を行う以上当然のこととも言えるが、果たしてそれだけなのだろうか?
その鍵は、電通が戦後拡大した際、なぜ満州人脈を大量に吸収したのか?にある。
写真は旧満鉄本社
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○アメリカによる戦後の日本支配の歴史を見ると、力とカネのあるキーマンをA級戦犯として巣鴨プリズンに勾留した後に釈放、その見返りとしてアメリカの意向に沿って動かす・・・という手法を用いていたことがわかる。
・・・政界においては岸信介が、マスコミ界においては読売新聞社主であり、日本テレビを創った正力松太郎が、また、児玉誉士夫や笹川良一も然り。
○ところが、現在マスコミによる世論支配の背後で影響力を及ぼす電通、あるいは「大電通」確立の原動力となった第4代社長吉田秀雄氏については、こうした直接的なアメリカ関与は見えてこない。
・・・果たして、電通によるマスコミ支配とは、単なる市場原理下での利益第一主義の結果なのだろうか?  
○しかし、「どうする?マスコミ支配」7、8、9にて、拡大期の電通や吉田秀雄に関わる人脈を俯瞰する中で、間接的に支配力を行使するアメリカの影が見えてきた。
・・・そこで、戦後の電通や、元は電通と一体であったが同盟通信社を経て戦後分割独立した時事通信、共同通信などの歴史に影響を与えたと思われる面々について調べてみた。
■塚本誠
・1934年、吉田秀雄が上海に渡り中国市場に進出した際、懇意に。塚本は上海では『梅工作』機関などの特務機関と連携し、あるいは、特務機関の束ね役として、反日運動弾圧などの指揮とった人物であり、中国市場の情報関係者に絶大な影響力を持っていた。満州国高官(実質N0.2)であり岸信介の指揮下で動いていたのではないかと推測される。
戦後は吉田に迎えられて電通に入社し、取締役となっている。
■里見甫(はじめ)
・1930年に満鉄南京事務所嘱託となり、その後国策会社満州国通信社初代主幹となる。
・宣伝工作の腕を関東軍の手腕を買われ、岸信介の命を受け、阿片密売を取り仕切る「里見機関」を設立。やがて「阿片王」と呼ばれるほどの巨万の富を築き、関東軍の資金の一部ともなった。この金は、後に岸が政界復帰の際の選挙資金としても使われている。
・戦後はA級戦犯として、岸、正力、児玉、笹川らと共に巣鴨プリズンに収監されたが、無罪放免となり釈放された。
里見の世話で、戦後の電通や民法に就職したものも少なくなく、広告業界、放送業界に強い影響力を保持していた。
■古野伊之助
・国家の中枢に働きかけ、岩永裕吉と共に、国策会社である同盟通信社設立に動くと共に、新聞統制の黒幕としても活動。(同盟通信社二代目社長)これに先立って満州国通信社の設立にも関わっており、初代主幹の里見とも面談している。(彼が岩永名で作成した「満蒙通信社論」が満州国通信社設立のきっかけとなっている。)
・戦後はA級戦犯容疑者として巣鴨プリズンに収容されるも、不起訴となり釈放されている。
・その際公職追放となり一線は退くも、後に時事通信社取締役、共同通信社理事となる他、電電公社やKDDIの前身である通信事業体や電通に対しても強い影響力を持ち続けた。
■松本重治
・日本銀行の設立者であり、第6代内閣総理大臣である松方正義の孫であり、妻は正義の三男幸次郎の娘。
・東大卒業後イェール大、ウィスコンシン大、ジュネーヴ大、ウィーン大などに留学し、ジョン・ロックフェラー3世とは無二の親友。(松本の密葬には、息子のジェイ・ロックフェラーも駆けつけている。また、彼が理事を務めた国際文化センターは、日米友好のためにロックフェラーの支援により設立。)
・岩永裕吉に誘われて同盟通信社の前身である新聞聯合社に入社、海支局長に就任している。
・里見甫を手伝い満州国通信社の設立に貢献。後に同盟通信社編集局長、同常務理事も努めている。
1961年~電通取締役に就任。
■その他の人脈 <以下は「[AML 3617] 電通と現代史 [1]」より引用>

■終戦直後の電通
 昭和二十二年(1947)五月、〔略〕〔前社長の公職追放により〕吉田が社長と
なった。〔略〕この経営危機の時期に、吉田は、なぜか旧軍人、軍属、あるいは
満鉄関係者をどんどん採用しているのである。
 市川敏(満州国弘報処長)、小沼治夫(陸軍少将)、島崎千里(産業経済新
聞)、高橋渡(満州日報業務局長)、高橋威夫(満鉄文書課長)、塚本誠(憲兵
大佐)、松本豊三(満州日報理事長)、古賀叶(満鉄錦州鉄道局長)、高田元三
郎(毎日新聞社)、森山喬(大陸新報理事)、森崎実(満州日報編集局長)、芝
田研三(南満州鉄道)、金沢覚太郎(満州電信電話)、古瀬甲子郎(満州日報営
業局次長)、峯間信太郎(天津米穀統制会理事長)、白川威海(毎日新聞社)、
山名文夫(資生堂意匠部)、蜂谷輝雄(台湾総督府外事部長)、東郷青児(画
家)、中西寅雄(東大教授・陸軍嘱託)、宮崎博史(三越宣伝部長)、小滝彬
(外務省情報部長)、新田宇一郎(朝日新聞社取締役)、新保民八(花王石鹸取
締役)。〔略〕
 広告業界の連中は、だれもが電通ビル(旧電通ビル、中央区銀座七-四)を
「第二満鉄ビル」と呼んだ。あまりに満鉄関係者が多かったからである。それに
しても、吉田は、経営が危機に瀕していた時期に、なぜ、広告のことを皆目知ら
ない、いわば使いものにならない連中をこれほど集めたのか、吉田は、旧軍人、
満鉄関係者たちを社員として採用しただけではなく、公職追放となった政治家や
財界人、新聞人などのために「旧友会」という、いわばサロンをつくって、彼ら
が、月一回集まって食事をしながら、心おきなく談笑できるようにしつらえ、そ
ればかりではなく、彼らのために「ユニバーサル広告社」という会社までつくっ
ているのである。

○これらの人脈及び、戦後の動きを整理すると、以下のような仮説を立てることができるのではないか?
戦前の日本及び、満州国では、映画、通信、広告、新聞によってプロパガンダを行う国策会社の設立が盛んに行われていた。通信においては、本国の同盟通信社、満州国での満州国通信社がこれに当たる。
満州国においては、実質No.2であった岸信介を頂点に、大東亜共栄圏建設を目指して(←継続調査必要)こうしたプロパガンダ機関や裏金工作機関が作られ、岸の元で、塚本誠、里見甫、古野伊之助、岩永裕吉、松本重治、後に電通三代目社長となる上田碩三、あるいは児玉誉士夫、笹川良一、そして、吉田秀雄らの人脈が形成された。
※因みに、岸は、後年「満州国は私の作品」と豪語してる。(孫の安部晋三の「美しい国」を連想させる。)
そして、終戦と同時に岸、里見、児玉、笹川はA級戦犯として巣鴨プリズンに繋がれ、古野も容疑をかけられ一時期収監されている。
しかし、その後、全員無罪となり釈放。岸はアメリカCIAの意向に基づき自民党を結党すると同時に、彼の配下にあった満州国関係者、関東軍関係者が吉田の招きに応じ大量に電通に入社。あるいは電通に限らず通信、広告、新聞でキーマンとして影響力を行使。
A級戦犯ではないがロックフェラーとの親密な松本重治も、一時期電通取締役に就任している。
つまり、国策機関として情報工作を行っていた岸を頂点とする人脈が、ほぼそのまま戦後日本の情報工作に転用されたと考えて間違いないのではないか?
また・・・<以下再び「[AML 3617 [1]] 電通と現代史」より引用>

何とも不思議なことがある。民放ラジオの開局には驚くべき執念を
燃やした吉田が、テレビに対しては、きわめて消極的なのである。テレビに執念
を燃やして突っ走ったのは正力松太郎(読売新聞社主)で〔略〕ついに日本テレ
ビ開局にこぎつける〔略〕

これにしても、正力がテレビ支配を、電通吉田がラジオ支配を担当する・・・といった具合に単なるアメリカCIAの指示に基づく役割分担と考えれば辻褄が合うのではないか?
・・・最後は広告によってテレビを従属できると読んでいた可能性もある?
また、吉田がアメリカにてPR(パブリックリレーション=プロパガンダ)手法を学んだというのも、アメリカの意向に合致する。
つまり、これらの諸状況を総合すると、電通という世界最大の広告代理店が、利益追求のみならず、その形成過程において、アメリカの意向を受けた人脈の影響を強く受けており、元々マスコミを使った共認支配のための戦略に基づいて作り変えられた可能性が高いと考えるのが自然ではないだろうか?
また、この満州国を舞台にした複雑な人脈の更なる分析は、戦後の日本の歴史を語る上で、不可欠であると感じる。
<kota>


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