明けましておめでとうございます。

昨年末の
株式構造の成立過程を追う~その1 http://blog.trend-review.net/blog/2007/12/000574.html#moreに続いて、株式構造の成立過程を追う~その2として、株式会社と市場の関係と中央銀行の成立まで追ってみたいと思います。
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まずは、前回の復習から
1531年:ベルギーのアントワープに、世界初の「証券取引所」が設立
1553年:イギリスの合資会社「ロシア会社」によって世界初の株式を発行
1555年:フランス政府が、初の長期国債として発行
1602年:オランダに設立された東インド会社(株式会社)
株式会社成立の前に、証券取引所が成立し、合資会社による株式の発行がなされていました。
しかし、ここでの取引は所謂一部の金持ちや商人の間でのみ成立していたので、まだまだ一般に普及していたわけではなかったのです。
そして、証券取引所は、商品取引市場の流れから商品(現物)先物取引も行われていて、その先物取引の一つとして証券の取引も行われていた様です。(http://history.com-futures.com/3.html [1])
つまり、十字軍以来、ヨーロッパ地方に於いて盛んな商取引により、商人への富の集中します。そして、金余りの商人たちの市場が開設され、そこでは、現物だけではなく将来の期待値も含めた、幻想価値化した証券等の取引(=博打)がスタートしています。 🙁
そうした中、株式会社がオランダ東インド会社=貿易会社として成立しています。
裕福なお金持ち層を対象に、生産ではなく商取引という行為の中で膨らませた幻想価値の取引の市場が、更なる拡大を目指して、株式会社が成立したと見て良いのではないかと思います。 ![]()
何故かと言うと
なんで「株式会社」はすぐれものなのか? その1・その2(http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=168189 [2])
(http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=168192 [3])によると
取引の現物(例えば胡椒)の幻想価値に加えて、株式会社の証券の価値を幻想化したことに株式会社の“みそ”があります。その株式会社の期待値や将来性(ある程度は確率としての期待値ですが)というまだ実態のない価値を幻想化する手法が開発されたと見れると思うのです。たぶん、その伏線は、既に始まっていた先物取引にあると思います。
二重の幻想化です。
金余りの裕福層の存在とそれによる市場拡大の期待は、1610~30年頃には既にオランダに於いて「チューリップバブル」が起こっていることからも見て取れるのではないでしょうか。(http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=600&t=6&k=0&m=129527 [4])
次に、銀行の登場です。(引用http://www.mukom.netfirms.com/kabu/index.php/2006/08/13/4.php [5])
1633-1672年 内外の硬貨の取引や金庫サービスを行っていた英国のゴールドスミス
たちが次第に銀行家へと発展していきます。
1633年 ゴールドスミス (金細工商)が発行する証書が預かり証としてだけではなく支払い
能力の証明書として使われるようになる。
1660年頃 ゴールドスミスが発行する証書がイギリスにおける紙幣として使われ始める。
1668年 Pepysの2月29日の日記に、彼が父親に600ポンドのゴールドスミス・ノートを
送ったことを書いている。
世界最古の中央銀行・スウェーデン・リクスバンク発足。(引用者追記)
1672年 すでに巨額にのぼる金をチャールズ2世に貸していたゴールドスミスたちが、
王からの追加ローンを断ったところ、王は返済をストップしてしまった。
その結果、1670年代後半から1680年代にかけて王に金を貸していた
ゴールドスミスの大手のいくつかが破産した。
1694年 イギリス・イングランド銀行発足。(引用者追記)
1600年代後半になると、証券や先物など取引を通じて、裕福層の取り扱う高額の資金流通に対して、コインを代表する国家通貨では対応が難しくなっていったのではないでしょうか。また、国家(国王)は戦費の調達などにより、多額の資金を必要とし、一方、国家貨幣(金)の増産は出来ない状況にあったため、金融家たちに多額の負債を抱える事になったのだと思います。
それも、戦費の増大などの国家統合の為の費用は、商取引による国家間の紛争解決に使われていたのだろう思いますが、その費用は全て国家に押しつけられていたのではないかと思います。
また、この時点で既に負債を抱える国家(国王)が発行する紙幣というものは信用されるはずもなく、銀行が発行する銀行券の流通が資金流通をカバーしたのだと思います。さらに、国家の借金の踏み倒しから銀行破綻を避けるために、金融家の組合の防衛策として、中央銀行のシステムが考案されたのだと思います。
整理すると
①市場拡大の期待に伴う貨幣流通量の増加期待=金余りの裕福層の登場。
②負債を抱える国家の信用▼→銀行券により資金流通をカバー
③国家(国王)の債務不履行→銀行破綻→銀行券発行権を持つ中央銀行の成立
となるのではないでしょうか。
株式市場の成立から銀行の成立は、それまでの支配階級(超大金持ち)に対する幻想価値の拡大期を超えて、商人などの小金持ちたちに、市場の主役が移って行き、更なる市場拡大の過程に突入したのだと思います。