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マスコミって何?(5)~マスコミの歴史、戦後『テレビの出現』~

言語統制 [1]⇒世論支配は、新聞からテレビの出現によって、より加速される。
戦後復興期において、テレビの影響は大きかったと思います。
視聴率は、60、70%台にも及ぶ。 [2]
アメリカに憧れ、
アメリカに追いつけ追い越せと、皆、必死に働き、豊かさを求めた。
テレビにより、消費・購買欲は掻き立てられ、
大量生産⇔大量消費を生み出した。
■テレビが生まれた背景は、
マスコミって何?(2) [3]でも紹介しましたが、改めて、
テレビは日米の反共主義者の協同により誕生した① [4]

昭和28年(1953年)に誕生した民間放送のテレビは、(中略)周知の通り、民間テレビ第1号は日本テレビ、初代社長は正力松太郎である
ムントは“AMERICAN WAY OF LIFE”(米国的生活スタイル)を日本人に見せつけるテレビの効用に気付いていた。これは後日、見事に実証される。

テレビは日米の反共主義者の協同により誕生した② [5]

テレビは、反共の防波堤アメリカ文化の洗脳装置として始まったことは事実のようだ。アメリカの反共主義者:カール・ムントと、日本の反共主義者:柴田秀利の合作によって実現している。
その状況に対し、電通が手をこまねいて見ていた訳ではない。吉田秀雄は早くから広告メディアが工業発展には不可欠であることを看破していた。だからこそ、その広告自体を牛耳ることでメディアを支配する戦略を見出したのであろう

『天木直人のブログ』さんから引用
CIAに日本を売った読売新聞の正力松太郎

CIAが1000万ドルの借款を正力に与えて、全国縦断マイクロ波通信網を建設させようとしていたという。これが完成した暁には、CIAは日本テレビと契約を結んで、アメリカの宣伝と軍事目的に利用する計画であったという。

テレビも反共の防波堤として始まった [6]

カール・ムントとは〔略〕米上院議員。ここに、ムントが米上院で、1951年4月に行ったという演説のコピーがある。 「共産主義は飢餓と恐怖と無知という三大武器を持っている。こうした共産主義に対する闘いにおいて、アメリカが持っている最大の武器はテレビである。われわれは『アメリカのビジョン』なるテレビ・ネットワークを海外に普及させる必要がある。それを最初に試験的にやるべき地域は、ドイツと日本で、たとえば日本のすみからすみまで行きわたらせるためのテレビ網建設費は四百六十万ドル。これはB29爆撃機を二機つくるのと同じ金額である」

アメリカが行った政策は、メディアでの世論支配だけでなく国家の統合機関=政界をも(援助・)支配していた。
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戦後アメリカが日本で行った世論工作 [7]

戦後アメリカが日本で行なった世論工作について、興味深い記事が掲載されていたので、紹介します。
映画やテレビ、ラジオといったマスコミ工作、保守派知識人への資金援助、ラジオコメンテータとの協力関係、これらの他、左派勢力が台頭した京都大学で保守派教授をアメリカに留学させて反共派に育て上げ、左派封じ込めに成功したといった、生々しい事実も掲載されています。

アメリカの戦後日本のメディア・政界支配 [8]

 アメリカ政府が公式に認めた秘密工作とは、岸信介、池田勇人政権の時代に自民党の有力者と社会党右派に秘密資金を提供し、民社党を結党させていたことである。
 そこで左派勢力に分断工作を仕掛け、穏健派を社会党から切り離して親米野党を結党させることにしたのである。1960年に7万5000ドルの援助を行なったのを皮切りに、5年ほど資金提供は続いたという。
アメリカは自民党それ自体にも豊富な秘密資金を渡している。これもアメリカ政府が公式に認めている事実だが、少なくとも1958年から1960年代にかけて、CIAが親米保守政治家に対して選挙資金の提供を行なってきた。

そして、それらは、現在にも至っています。

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