昨年9月20日に小泉純一郎から安倍晋三に政権が移った。小泉時代は派閥解消を目的に強行路線を敷き、郵政反対議員の除籍を強行し、新しい無派閥勢力を作ってきた。
この流れを安倍政権も継続するものと、自民党内部も見ていたが、安倍総理の力量を見透かしたように、あっさり造反議員の復党を認めた。内閣の組閣においても、本間税制会長が公務員宿舎の愛人問題で、佐田行革相が架空事務所費計上問題で辞任を皮切りに、その後も閣僚の不祥事や不適切発言で辞任や自殺や、大臣と次官の人事抗争など継続的に問題が発生し、その処理に対しても党内を始めマスコミからも人選能力や指導力が問われる。
決定的なのは参議委員選挙で大敗で、安倍政権に対する政権能力、管理能力に対して可能性を否定する発言が公然とされるようになり、自民党内の求心力が急速に衰える。特に森前首相を筆頭に、舛添議員などは選挙の敗北を受けて安倍の辞任を主張するものが出てくる。しかし、安倍政権へ直接辞任を突きつける状況にはなく、次の組閣において各派が影響力をもつ人事構成に対して水面下での動きがあったと言われています。
選挙後の内閣改造では元々の政権公約の目玉「教育改革」「公務員改革」であったが、残った担当閣僚は渡辺善美以外はことごとく外され内閣には派閥から実力者が登場する。この内閣が安倍政権を窮地に追い込んだとも言える。(この時点で派閥や麻生の影響を受けた可能性は高いし、公務員も安倍政権に反旗を掲げていた事も組閣圧力になっている)
今まで塩崎前官房長官と中川幹事長と井上秘書官から安倍首相の元へ情報の流れが出来ていたが、麻生幹事長、与謝野官房長官になってからこの二人で情報操作をするようになり、町村、額賀大臣などとも情報交換しながら方針を安倍に勧めるような事をしていたらしいと言われている。麻生は安倍内閣の幹事長として、影響力を行使して余命短い安倍政権の次期政権を狙う事を意識して党運営に当たる行動が目立ちだした。
路線対立として、安倍首相はテロ特措法延期で強硬路線を主張したが、麻生、与謝野は反対の理由として、アフガン侵攻に対する燃料の供給が実はイラクへ85%も流れている事が米軍のHPで明らかになっており、安倍の方針では乗り切れないと踏んで、一旦廃案にしても良いとの方針を打ち出した。
何故か、安倍は法案延長にこだわり、民主党の小沢と直接対話で乗り切ろうとしたようだが、これも断られ、完全に行き場を失い辞任へ追い込まれていく。執行部の対立が明確になり孤立無援状態になり辞任に追い込まれて行ったのが真相のようです。
しかし、安倍政権が倒れたら、麻生政権が誕生する予定が今まで沈黙を守ってきた各派閥が、一気に福田政権の流れに乗ってしまった。