まずは、
“マスコミ”とは、
マス・コミニュケーションの略で

大辞林の国語・新語辞書には、
新聞・ラジオ・テレビ・週刊誌・映画などのマス-メディアを通じて、不特定の大衆に大量の情報を伝達すること。また、そのマス-メディア。大衆伝達。マス-コミ。
とあるように、マスメディアも含めて、マスコミと使っていることの方が多いと思う。
ウキペディア [1]には、
マスコミに対しての送り手としてマスメディア(Mass media)がある。人によってはマスコミといえばマスメディアを意味するととらえる人もいる。マスコミには両方の意味が存在してしまうため、マスメディアのことはマスメディアと言った方が好ましい場合もあるが、このあたりをわからずに書いた文章はやや読みにくいことがある。
適宜、使い分けないと、混乱を招くよ。と注釈(?)を付けている。
ちょっと、面白いなぁと思ったのが、(同じくウキペディアより)
雑誌や新聞も販売による利益と誌面でのコマーシャルが事業の両輪であるためスポンサーの意向を無視できない。 結果として経営を重んじると、ニュースやドキュメンタリーといった報道番組でもとりあげる話題・手法は偏向せざるを得ない。事例としては、広告料の多い某自動車会社の構造的欠陥は誌面に載せない、などがある。
“偏向せざるを得ない”と書き切っている所。
今でこそ、偏向報道や、捏造の問題性が取り沙汰されているが、以前は、マスメディアといえば、バラエティなどは別として、事実だけを報道しているものとばかり信じていた。
偏向報道や、捏造の問題性は、別のサイトでも取り扱われているので、
ここでは、もう少し基礎的な事や歴史的背景、アメリカとの関係など、数回に分けて整理していきたいと思います。
続きを読む前に、ポちっとお願いします。
前首相の小泉内閣の時は、
アメリカ→官邸→(電通→)マスコミ という図式が成り立っていた。
内閣改造後、支持率を少し持ち直した安倍内閣であるが、
参院選前は、これでもかと言うぐらい“安倍たたき”(実際は、安倍首相というより大臣がらみが多かった)が行われていた。
上記の図式は、崩れ、官邸は素通り、叩かれる存在と成り果て
アメリカ→(電通→?)マスコミ という図式に変わってしまった。
※検証と昨今のアメリカとマスコミとの関係は、歴史的背景を押さえてからと考えています。
一方で、
新聞とテレビを“マスコミ”と一括りに出来ないのではないか?という記事に出会う。
田勢康弘が吹かせた風 - 新聞組の勝利と電通組の敗北 [2]
日経新聞と読売新聞が野党に風を吹かせたら自民党は勝てない。今回のマスコミの主導権は新聞組が握った。田勢康弘(日経)と渡辺恒雄(読売)のタッグである。すなわち今回の政治の本当に戦いは、新聞組(田勢・渡辺)と電通組(岸井・田原)との暗闘でもあった。新聞組が勝った。無能で無策で鈍感だったのは安倍晋三以上に電通組(テレビ組)の面々(田原・岸井・三宅・みの)だった。新聞組は一年前から安倍政権を参院選で敗北に追い込む戦略を立てていた。
新聞社とテレビ会社の系列は、どうなっているの?
代表的な所で、
朝日新聞――――テレビ朝日
毎日新聞――――東京放送TBS
読売新聞――――日本テレビ
日経新聞――――テレビ東京、テレビ大阪
産経新聞――――フジテレビ、関西テレビ
雑誌なども含めての系列は、るいネット『新聞社の系列調べ [3]』
を参照されるといいと思います。
新聞社がテレビ局を系列化においた事例として
るいネット『朝日新聞社による日本教育テレビ(現テレビ朝日)の支配 [4]』
(元の引用元は、「新聞社・破綻したビジネスモデル」(河内孝著・新潮新書))
が挙げられます。
新聞社と東京キー局(東京のテレビ局)の系列化は、1973年に完成する。
と意外と遅い。
次回は、現在のマスコミを捉えるに当たって、過去に遡って、探って行きたいと思います。