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派閥政治の終焉

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先日の参議院選挙における自民党大敗の一要因として、小泉政権下での派閥組織の弱体化により、派閥の人材育成機能が低下したことという見方もある。

小泉前首相は、旧田中派にかぎらず、派閥政治全体をぶっ壊してきたとよくいわれる。事実そうだったが、派閥を壊しすぎた結果、派閥政治の持っていたポジティブな側面も同時に消えてしまった。
次期リーダーまでぶっ壊した参院選大敗の戦犯小泉前首相 [1] 立花隆の「メディア ソシオ-ポリティクス」より)

これほどひどい人材払底が起きたのも、小泉前首相の派閥ぶっこわし政策がもたらしたものということができる。
派閥の重要な機能のひとつが、次世代のリーダーを育てるということにあった。そもそも派閥は次世代の有力リーダー(候補)が作るもので、有力リーダーたちは、派閥を率いつつ互いに切磋琢磨しあうことで、いつでも総裁選に出馬できるだけの政治力をたくわえていった。
次期リーダーまでぶっ壊した参院選大敗の戦犯小泉前首相 [2] 立花隆の「メディア ソシオ-ポリティクス」より)

小泉元首相は確かに派閥政治の弱体化に寄与した。
しかし、それは派閥政治弱体化の付加的要因だったと考えるべきではないだろうか。
 
派閥政治では、自派閥(の支援団体)への利益還元を主要課題としながら、他派閥(の支援団体)への利益配分も考慮して、全体をまとめていく力量が求められた。
その前提には、社会全体に貧困の圧力がかかっており、誰もが利益獲得を最優先課題としていた状況があった。
それが日本では1970年ごろに貧困が克服され、利益獲得が最優先課題ではなくなった。
そのような大転換を迎え、自派閥とその支援団体の利益を最優先する派閥政治に対して、人々がそっぽを向くのは時間の問題であった。
その潮流に乗っかって派閥政治を解体したのが小泉元首相であったと言える。(ただし小泉元首相は民意を汲んだわけではなく、自己の権益確保のために行った。)
仮に小泉政権下での派閥弱体化がなくても、派閥政治から次代のリーダーが輩出された可能性は低いと見るべきだろう。
現在、人々が求めている国のリーダーは、自派閥発ではなく、国益とは何かを考えて動ける存在だろう。
そして国益とは、貧困を克服した国として、財政・外交etc.諸問題において他国に新たなモデルを示して評価を獲得していくことと言える。
しかし、このような国家の将来展望がなかなか見えてこない。
その主要因は人々の共認形成の場をまだまだマスコミが支配していることと、そこに甘んじていることだろう。

逆に可能性として考えると、命脈を保っていた利権という集票構造が解体され、マスコミ支配さえ取り除けば、真っ当な選挙への道が開かれたという風にも考えられなくはない。
マスコミ支配をいかに取り除くことが出来るか?かにかかっていると思う。
自民党の集票組織が崩壊した [3] るいネットより)

マスコミ支配との訣別は、自分達で社会を創っていくために避けては通れない第一歩なのだ。
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