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批判しかできないマスメディアは、事態を悪化させ、秩序を破壊する

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ないとう@なんで屋です。 [1]
「報道の自由」を錦の御旗にしたマスコミの暴走は目に余る物があります。
2004年 鳥インフルエンザが発生した養鶏業者の会長夫婦が自殺
2006年 履修漏れが発覚した高校の校長が自殺
2006年 いじめ自殺報道による自殺の連鎖
2006年 いじめ自殺報道による校長の自殺

(当時の池田信夫blog いじめのニュースはもう沢山だ [2]
これらの報道は、養鶏業者や学校側の対応のずさんさを示す事にはなった。しかし、ニュース性があるからと言って、バッシングや批判しかしない報道は、問題解決の糸口が見えてこないどころか、事態をますます悪化させ、社会秩序を破壊してきた。
このようなマスコミの批判しかしない態度は、「社会人として」許されるのか?


「批判はするが、責任は取らない」というような事は、ある集団のメンバーが取る事のできない態度である。というのは、例えば社会を住みやすくするのは、最終的には、その社会が「住みにくい」と声を荒立てて批判する人間ではなく、その社会を「住みやすく」する人間だからだ。
もちろん、誰かが最初に批判を通して問題を提起する必要はある。
しかし、所属する集団や社会に対して、「批判的」な態度しかとらず、その集団や社会のもつ欠陥や不備について責任を感じないでいるということは、集団のメンバーには許されない。
そんな無垢で無責任でいられる社会的なポジションは、ありえない。ありえるとすれば、参政権を認められていない子どもだけである。
「批判するだけ」というのは、「社会人」としても許される態度ではない。

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