格差社会とは、産業革命以降に広がっていったものではなく、市場社会が広がる前から存在していた。
序列原理に基づいた絶対王政なんかもそうだろうし、貧富の差から生まれる苦しみをやわらげる為に普及した宗教なんかも『格差』がもたらしたものであるだろう。
ここで、格差社会問題のことを 【直言 日本国漂流 最終回】で平野 貞夫氏が取り上げていたので取り上げる。
『イラク戦争のため米国債を政府が買ったり、北朝鮮恐さにミサイル防衛体制を整備することより、教育、医療福祉、新技術習得などの人間への投資をするなら「赤字国債」でも緊急対策として結構ではないか。ただし、自分だけがよければ、という人間は救済の必要はない。』 [1](引用終了)
確かに、人々の心の教育への投資(ケア)は、重要だと思う。
しかしながら、その投資先となる媒体が『格差社会行き』というレールに乗った列車のままだと何も意味をなさない。
今大事なのは、我々が手に入れた技術をいかに上手いこと使いこなし、社会状況の変化(外圧)を掴んでいくことではないだろうか?そして、その社会状況を基に国民一人一人が、その社会背景の表にある事実を考え、紡ぎ、発信していくことではないでだろうか?
もちろんのことながら、我々が手に入れた観念を精査することも大事で、まともな事実観念を用いた上での共認ツールがポイントになってくる。
技術は、この数世紀で飛躍的に進化した。直近でいえば、一人一台携帯時代。
一人一台PC時代がもう実現されつつある。(これは、自身が生きている時代の中でも大きな驚きだ。)
携帯の普及率-グラフ [2]
これらは、何も市場社会を潤す為のものではないし、飾り物でもない。
使いようによっては、社会そのものと繋がることができるし、人類始まって以来のコミュニティーだって可能である。(これは、アメリカテロの9・11で、アメリカのブロガ-達が陰謀説を唱えた事例が参考になる。)なぜなら、この革命的な技術は、人々と繋がりたいという欲求があって広まったからだ。
もはや、格差社会とは、観念上のものでしかなくこれらの道具(自身の観念も含む)を如何に使いこなすかで如何様にもでもできる気配がする。
経済格差の強制共認(情報操作の危険性)を打破するのは、私たち一人一人である。
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■主要技術関係年表
http://www.yk.rim.or.jp/~mitsunob/e-socio/e40.html [3]
1445年頃 グーテンベルク 活版印刷術発明
1492年 コロンブス:新大陸発見
1517年 ルター宗教改革
1600年 東インド会社設立
1760年頃~1850年末 産業革命進展
1767年 ワット:蒸気機関開発
1776年 アメリカ独立宣言
1789年 フランス革命
1868年 明治維新
1903年 ライト兄弟:初飛行
1951年 サンフランシスコ平和条約、日米安全保障条約調印
1952年 電気洗濯機、電気冷蔵庫、白黒テレビ [4]
1957年 人工衛星打上
1958年 クーラー・インスタント食品のはじめ
1960年 所得倍増計画・60年代半ばからカラーテレビ・クーラー・カーが普及
2005年 パソコン・ブログ・mixiの普及が加速・携帯電話の普及がほぼ全世代に
2006年 Google Earth(グーグルアース) [5]
※世界の主要都市に加え、日本国内の主要都市も3Dビルディングにより再現
201×年(未来予想) 主要都市部の若者層を中心に、ネットハウス(住居)が大流行。
Google Earth?上に住所録を持つことが許され、隣人とのコミュニティが気軽に行われる。バーチャルなキャラクターを利用して、街中を徘徊したり国外への出国も自由にできる。ネット国会議事堂が建設され堂内で熱い討論がなされる。
20××年 私権社会の消滅