戦争中に思春期を送った現代の祖父母世代は「子どもには同じ思いをさせたくない」と、今の親世代を甘やかせ→【自我肥大】させて育てた。(代表例は金属バットによる親殺しか?宮崎勤?尾崎豊?)
←幼女連続誘拐殺人犯;宮崎勤の自室
『事件史探求 [1]』より
この世代が青少年期を迎えた’70年代後半から’80年代前半にかけて校内~家庭内暴力が激増しているのは、自己正当化⇒他者攻撃にまで肥大した自我が主要因でしょう。(『少年犯罪データベース [2]』参照)
そうしてこの[自我肥大]世代が親になった現在、【自己虫】子供が増殖するのは必然なのだろうか?( 「自己中の子は自己中」 [3] ,「過期待と過保護が共存。狂った圧力が狂った思考、行動を生み出す [4]」など参照)
しかし、自我(わがまま親発の期待)圧力のもとでは、自己虫=王子様すら囲い込めなくなる(自我同士は共認できない)ことがはっきりしたのが、先般の『奈良の高1放火殺人事件』と見ることも出来る?
自我は所詮幻想であり、“絶対”でも“事実”でもないことは、遅かれ早かれ子供にもバレるのだ。
こうして『自己中無用⇒人類の敵』の気付きから、過保護空間を抜け出し「現実は?」「事実は?」という『根底収束』の潮流が顕在化してくるのも時間の問題という気がするのだが…