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ネオコンの系譜

ネオコンが実は左翼から生まれたと聞いたことがあるが、いったいなぜ、そんな流れになるのか理解できなかった。下記に概略がある。
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 ジェラスゲイhttp://homepage.mac.com/ehara_gen1/jealous_gay/ [1] さんより
 

ネオコンの系譜  奇妙な思想混合体
保守と革新。力の信仰とユートピア。米政治の潮流である新保守主義(ネオコンサーバティブ、略してネオコン)は、20世紀が生んだ思想の奇妙な混合体だ。その系譜を読み解く。(ワシントン=三浦俊章)

重鎮、冷戦を機に「転向」
クリストル氏ほど20世紀の米思想界の振幅の大きさを示す人物はいない。両親は貧しい東欧系のユダヤ人。30年代の大恐慌下に学生時代を送った同氏は、人間の善悪や社会の不正をめぐる思想を過激化させていき、世界革命を主張するトロツキー主義者だった。しかし、純化し過ぎたインテリの思想は、やがて大衆の現実の姿に幻滅する。第2次世界大戦が終わり冷戦が始まると、ソ連を攻撃する反共スポークスマンと化した。
クリストル氏らに浴びせられた悪口が「ネオコン」だ。「ネオ(新)」とは、「転向」に対する批判が込められていた。

昔ながらの保守は批判
政界でも時を同じくして、リベラルの転向が進んでいた。源流は、ワシントン州選出、民主党の故ヘンリー・ジャクソン上院議員(上院在職53~83年)。リチャード・パール国防政策諮問委員らネオコンの論客には、ジャクソン議員の下でスタッフを経験した人物が多い。
「私も若い時はリベラルだった。ほんとうはジャクソン流民主党員と呼ばれたい」とパール氏。
ネオコンに、一番辛辣(しんらつ)な批判を浴びせるのは昔ながらの保守主義者だ。
「ネオコンが目指すのは、外国に介入する『帝国』だ。米国が目指してきたのは中央政府の力を限定した『共和国』のはずだ」。そう言うのは、故ニクソン大統頒の側近で、大統領選予備選にも出馬したことのある右派の評論家パット・ブキャナン氏。「冷戦時代に民主党からの転向者を歓迎していたら、連中に共和党を乗っ取られてしまった」と嘆く。

保守ではなく左翼 外交への影響懸念
  ポストン大教授アンドリュー・べースビッチ氏
ネオコンは保守ではない。もともとは、米国では「冷戦リベラル」と言われる左翼だ。トルーマン、ケネディら民主党の大統領が典型だが、国内政治では「大きな政府」を唱え、進歩的だが、外交政策では、旧ソ連と力で対決、介入主義をとる。
ところが60、70年代、米国のリベラルは冷戦に背を向け、(介入主義への)反対姿勢を強めた。ネオコンは、これでは米国のパワーが崩壊してしまうと危機感を抱いて、民主党から分派した人たちだ。
ほんとうの保守は、歴史に対する悲劇的な感覚を持つ。歴史の進歩を簡単に信じない。人間は誤りやすい存在で、その誤りをどう防ぐかということを考える。また、政府は人間の自由を侵す敵だと考える。
しかし、いまネオコンがやっているのは、米国的価値観を外国に押しつけることだ。これは過激思想であり、ユートピア思想だ。保守ではなく、左翼だ。米外交はもっと軍事力を使うようになり、野心的に介入するようになり、最後には自らの力を使い果たしてしまうのではないかと恐れる。失敗するように運命づけられていると思う。外国からの反発は避けられない。同時多発テロ自体が、米国への反発の一種だったことを忘れてはなるまい。

本来、保守本流はモンロー主義(アメリカ孤立主義)で非干渉ということか。他国を民主化しようなどととおせっかいをするのは確かにリベラルの性格だ。
リベラル活動家が大衆運動に挫折した後、大衆を支配する思想を形作ってゆく。なんとなく、日本の戦時体制を引っ張り、戦後アメリカの傀儡となった岸信介の系譜とのシンパシーを感じる。どちらもイデオロギーは反共であり、実現したかったのは運動の実現ではなく自身の私権だ。
ヒヒ

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